健康コラム

タバコ(誤飲とニコチン中毒)について(薬局だより)

2016.06.22

●はじめに
厚生労働省の10年間追跡調査によると、中年喫煙者(40~59歳)の死亡率は、非喫煙者に比べ、死亡率が男性で1.6倍、女性で1.9倍高いことがわかりました。
また、OTC薬(町の薬局で買える薬)とし発売されている禁煙補助剤のニコチンガム「ニコレット」は発売後3カ月で30億円の販売額を記録しています。
喫煙率の高い日本において、家庭内で最も身近にある毒物がタバコであるという認識は低いようです。小児によるタバコの誤飲は日本において家庭内で起こる中毒事故の常にトップに位置していて、他国とは比較にならないほど頻度の高い中毒事故です。日本の中毒センターの2000年度受信報告によると5歳以下の乳幼児での中毒事故原因をみると、米国は0.61%に過ぎないのに、日本では23.9%とタバコ製品がトップになっています。

●ニコチンとは
タバコの葉より分離されたアルカロイドのことでタバコの葉には2~8%含有しています。ニコチンは皮膚、呼吸器、粘膜(口腔、直腸)から吸収され、末梢神経系および中枢神経系に、最初刺激・興奮作用を示し、のちに持続的な抑制作用を示します。2~5mgで吐き気、非喫煙者では4~8mgで重篤な症状を引き起こします。
経口摂取すると、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢などを呈します。その他のコリン作用として発汗、縮瞳、一過性心停止、発作性心房細動が起こるかもしれません。また、頭痛、めまい、混乱、なども報告されています。中枢神経系の興奮作用として振戦や時に痙攣が起こり、その後、血圧低下、昏睡が起こります。呼吸器に対する作用として初期に呼吸促迫、後に呼吸困難が起こり、呼吸数が減少し、チアノーゼがみられます。。毒性についてはvery toxicに分類されていて、ほぼパラコートと同程度です。以前は便秘治療の浣腸剤や外傷の湿布剤として使われたこともありましたが、現在は使われていません。

●ニコチンの致死量
日本での致死量は成人で40~60mg、小児で10~20mgというのが通説となっていいます。これに基づくと小児ではタバコ1~2本に致死量のニコチンが含まれていることになります。しかし明らかにニコチン量として致死量以上を摂取した患者でもそれほど重篤な症状を呈していないのは、ニコチンによる強い催吐作用により致死量が吸収される前に胃が空になってしまうこと、肝臓での初回通過効果により速やかに不活性化すること、さらに腸管からの吸収が遅い事などが理由にあげられます。

●タバコ浸出液の毒性
ラットを使ってニコチンとタバコ浸出液の急性毒性を調べたところ、1回摂取におけるLD50値(集団の半数が死亡する量)はニコチンもタバコ浸出液も有意な差はなく、吸収の遅延と致死時間の延長が見られました。このことは、作用は遅くなる可能性はあるが、毒性の強さは変わらないことを表しています。
この結果から、致死量以上のニコチンに相当するタバコ浸出液を摂取した場合には適切な処置を施さなければ死に至る危険性があります。

●対処法
特異的な解毒薬はありません。吐かせた後、活性炭を投与するのが有効であるという報告もありますが、一方で痙攣や昏睡を引き起こす恐れがあるので、無理をして吐かせる事は望ましくないという意見もあります。痙攣にはジアゼパムまたはバルビツール酸類を投与します。流涎や下痢などの初期のコリン作用には、硫酸アトロピンが有効です。4時間以上生存している場合は、ほとんどの場合死亡することはありませんが、摂取2日後に死亡した例もまれにあります。
一般的に乳幼児が誤飲した場合、ぬるま湯や牛乳などを飲ませて吐かせることがすすめられます。しかし、ニコチンは0Hの低い胃内ではあまり吸収されることがなく、腸で吸収されることから、ぬるま湯を飲ませることで胃内容物を腸へ押しやる可能性もあり、家庭内での初期処置の指針も検討する必要性がありそうです。

●禁煙補助剤による中毒の危険
現在、日本を初め多くの国で禁煙補助剤であるニコチンガムが薬局で手軽に購入できるようになりました。米国ではニコチンパッチもすでにO4C薬となっていますが、このニコチンガム、ニコチンパッチによるニコチン中毒も多く報告されています。
ニコチンガムを4個(2mg/個)以上噛んだ5例の小児のうち4例に、15~30分以内に中毒症状が現れています。また、1日2箱喫煙していた女性が1個のニコチンガムを噛んだ後、吐き気、発赤、口渇、動悸、嘔吐、下痢、混乱、腹痛を呈するなどの重篤な中毒症状を表した例もあります。
ニコチンパッチでは、36例の小児による中毒事故が報告されています。半数が皮膚に貼り、半数が、噛んだり、飲み込んだりしています。14例で消化器症状、脱力感、めまい、発赤などの症状を呈しています。

●タバコによる中毒事故をなくすには
家庭内にタバコ製品を置かないことが最もよい手段ですが、せめて乳幼児の手の届くところ(床から120cm以下)にはタバコ製品や灰皿などを置かないこと、乳幼児の前では喫煙しないこと、灰皿に水を入れないこと、缶コーヒーなどの空き缶を灰皿にしないことなど普段から注意が必要です。
また、生後5ケ月過ぎると、乳幼児は何でもつかんだものは口に入れる習性があり、これは人間の正常な発達過程なので、注意しないとタバコを食べる事故は当然起こりうることを頭に入れておく必要があります。

●タバコの中のニコチン含量とニコチン収量
日本では国産製品が約100品目、外国製品が約200品目販売されていますが、日本でのタバコ販売実績の約70%のシェアに相当します。
「nicotine content(ニコチン含量)」とは「紙巻タバコ1本当たりの刻みの中に含まれているニコチンの量」のことです。
「nicotine yield(ニコチン収量)とは「紙巻タバコ1本当たりの煙の中に含まれているニコチンの量」です。
タバコの側面に書いてある「タール24mg、ニコチン2.4mg」といった表示はそれぞれタール収量、ニコチン収量とよばれます。タール収量はニコチン収量のほぼ10倍程度です。日本では大蔵省で定められた方法により測定されます。

●低収量タバコの方が健康によいのでようか?
煙の中のニコチン量が0.1mgしかないはずの銘柄でも、喫煙者は1本のタバコを喫煙することのより、平均して1~3mgのニコチンを摂取しています。なぜ、このようなマジックがおこるのでしょうか? 例えば、最もニコチン収量(0.1mg)が少ない「フロンテアライト」「ネクスト」の実際のニコチン含量を見てみると、それそれ6.94mg、12.72mg含まれていることになります。これはパッケージの表示の100倍以上のニコチンが含まれています。普通、喫煙者は1本のタバコを吸うと10~30%のニコチンを摂取すると言われているので概算すると1~3mg摂取しても不思議はありません。
ニコチンやタール収量は、煙中の成分をフィルターに吸着させることによりコントロールされています。またフィルターの周囲には小さな孔があり吸煙時にこの孔より空気が流入して口から入る煙が希釈されます。しかし、実際に人が吸う場合には指や唇で孔を塞いでしまうため希釈されないことがあります。また、口から流れ込む煙中のニコチンが少ないと、ヒトは無意識に肺まで深く吸い込み表示された収量より多く摂取する結果となります。
さらに、低収量タバコに切り替えると喫煙本数が増える結果となったり、高収量タバコの喫煙者より、禁煙に失敗するケースが増えるという結果も出ています。米国国立防疫センターでも「低収量タバコの方が発癌性のリスクが少ないというエビデンスはない」と言及しています。