健康コラム

漢方薬を医療に生かして(医師 風間英一)

2016.06.22

漢方薬との出会い

私が大学を卒業した昭和50年代、医療現場での漢方薬使用は今ほど一般的ではまだありませんでした。 私は医学部学部3年の夏休みに東京白金の北里大学東洋医学総合研究所付属病院で開かれる「医学生のための東洋医学セミナー」の開催を大学の図書館で、医学雑誌を見ていて見つけました。自分が学んでいる西洋医学とは別の東洋医学に興味を覚え、このセミナーへの参加申し込みを行いました。大学の夏休み期間の約1週間、東洋医学に興味のある全国の大学の医学生約10人位が毎日北里大学東洋医学総合研究所に通って、漢方、針治療などの基礎と実際の臨床を見学し、講義を受けました。とても私にとって新鮮で有意義な夏の1週間でした。これが私の東洋医学、漢方との初めての出会いでした。

この当時、日本のマスコミでも中国の針麻酔が取り上げられて話題になっていた時代でもありました。この北里大学のセミナーで初めて知ったのが、漢方も針治療も中国の東洋医学の歴史とは別に日本にも江戸時代以前から日本の漢方の歴史があったという事です。 いわゆる和漢方というもので、歴史では、飛鳥時代の遣唐使の時代、すでに中国より多数の医書が日本に渡来していたのです。人間の生死にかかわる知識は昔も今も必要性において変わりはありません。この時初めて本来の(いわゆる煎じ薬)、漢方薬の処方を、この北里大学東洋医学総合研究所付属病院で医学生として見ました。ここでは本格的な漢方処方でした。薬を毎日煎じて(自分で)飲む昔からのやり方です。自宅で煎じて患者さん自身飲んでいるとのことでした。“煎じる”と言えば、昔、日本に伝わった“お茶”だってもともとは薬としてでした。鎌倉時代初期、岡山出身の栄西禅師(日本臨済宗の開祖)が宋から日本にお茶を持ち帰り「喫茶養生記」を著して、広まった事は有名です。我が地元鎌倉でも栄西禅師はこの時代活躍されたため、お茶をやっている人々にはよく知られている様です。私も「お茶は昔は薬だった」と子供のころより聞かされてました。ただ病気の方が、薬を煎じて毎日飲む手間は現代人から見るとたいへんそうです。まあこれが本来の漢方薬の飲み方なんでしょうけど。

漢方エキス製剤の誕生で漢方薬が普及される

そのころ、漢方のエキス製剤が日本の製薬会社より世に出され、一般医療現場で使われ始め、漢方に興味のある医師の方々も処方されて使われておりました。その後、私も大学を卒業し内科医として自分の出身大学の付属病院で働く様になり、当時大学病院に採用されている数少ない種類の漢方エキス剤の中から、慢性肝炎の治療に当時良く処方されていた小柴胡湯を医者として初めて処方して使い始めました。その後は、医局から出張先の病院、民間病院で仕事をする時にも使用する漢方薬を少しづつ増やして医者として、感冒や消化器疾患などに少しづつ処方していきました。独自で独学で本を読んだり、漢方薬メーカーの「ツムラ」が都内で開催していた漢方セミナーに参加したりして学んだりしておりました。

私が漢方薬を処方し使用する様になったのも、西洋薬だけでなく漢方薬を使用することで、より治療の手段が広がって有用だと思ったからです。

高齢者の慢性疾患、若い方々の感冒、消化器疾患など西洋薬との併用で処方する使い方が多いです。私の様な一般内科医が漢方薬を処方する様になった理由として、日本で漢方エキス製剤が保険適用になったことが大きく、伝統的な煎じ薬の生薬湯液療法などが処方できるのは1部の漢方専門医の方々のみです。日本で漢方エキス製剤が作られなかったら今の様な漢方薬の普及はしなかったでしょう。これは煎じ薬をスプレードライで加工し顆粒とした物で、インスタントコーヒーの製法から漢方エキス製剤も作られる様になったと聞きました。このエキス製剤が世に出た事で、保存管理も簡単で、持ち運びも自由で、西洋薬と同じ様に服用できるようになりました。長い間2000年以上前から続く東洋医学の漢方治療が現代の技術を持って、現代に合う型に適合し世に普及しました。東洋医学の伝統(長い間歴史の中で淘汰され残ってきた)も継続されるようになったのではないでしょうか。歴史の中で淘汰され、現代まで生き残って伝わってきた物は、東洋医学にかぎらず、やはりすぐれた物があると思います。(世界遺産じゃないけれど・・・)

漢方薬を正しく使おう

ただ漢方エキス製剤が安易に2剤、3剤と併用され処方される例も多くなってきました。漢方薬は本来は証に合った1剤が処方されるのが本来の使い方です。併用した場合、共通する成分が重複して過量になったり病態に合った適切な治療が行われなくなる事もあるのではないでしょうか?西洋薬を処方する感覚で、漢方エキス製剤を安易に併用して適切な治療が行われなくなる事には、我々医者も注意しなければいけません。私もまだ勉強中です。

最近は全国の医学部で東洋医学の講義を行う大学が出て来た様で、私の学生時代とは東洋医学に対する社会の評価が隔世の感があります。東洋的なやり方、知識がもっとこれからは世界に広まっていって良いのではないでしょうか?西洋医学、東洋医学それぞれ良き所があります。長所をうまく利用して治療に使っていけば良いですね。

あと私が少し気になる事は、漢方薬の原料についてです。漢方薬の原料は草、根、木、皮など自然界からの生薬が主で、多くが中国で生産されており中国からの輸入に依存しています。今後、温暖化による気候変動、干魃などで、生薬の原材料の生産が中国で減少すれば供給も不十分になり、日本や世界での漢方薬の使用も不安定になってしまいます。

何かレアアースの様ですが、生薬の日本国内での生産は、使用する5%程ぐらいだとの事です。生薬を原料とする漢方薬は、無制限に供給可能な薬ではありません。大量生産が可能な一部の現代の化学薬品とは異なります。この点我々も自然界からの恵みの生薬に感謝して、使わなくてはいけないと思います。