“100年のあゆみ”2002年刊の改訂版

 2002年(平成14年)は、1902年に清川来吉が、病院・養生院を現在の清川病院の場所に開設して100年にあたる養生院として記念すべき年でありました。ここに、この100年をこえる養生院の歩みを振り返り、これからの歩みに資するために小史を編んで見ました。(但し、養生院の前身の診療所 である養生所の開設は、1891年ですから2010年(平成22年)で119年と成ります。)

I.主な責任者の面から
(1) 清川来吉(1864〜1957)
  • 広島県立医学校卒(1885)のち帝国医科大学選科及び伝染病研究所で学ぶ(内科)
  • 鎌倉雪ノ下に養生所開設(1891)
  • 神奈川県検疫官(1900)
  • 鎌倉町小町(現清川病院の場所)に養生院開設(1902)
  • 鎌倉町町会議員当選(1909)
  • 鎌倉町町長当選(1917)
  • 鎌倉郡医師会会長(1924)
  • 鎌倉市誕生・初代鎌倉市市長となる(1939)
(2) 清川渉(1885〜1934.3.31)
  • 私立熊本医学専門学校卒(1911)のち東京帝国大学耳鼻咽喉科教室へ
  • スイスのベルンにあるセント・リテラル大学医化学教室留学(1920)
    1921年医学博士号授与される
  • 慶応大学医学部助手(1927)
    1928年医学博士号授与される
  • 鎌倉郡医師会会長(1934.2月)
    翌月3月31日急死
(3) 清川謹三(1914〜1999)
  • 第八高等学校理科乙類を経て、東京帝国大学医学部卒(1939)内科
  • 同仁会青島病院(中国青島市)へ東大坂口内科より派遣(1939)
  • 日本へ帰国(1945)
  • 東京大学医学部薬理学教室研修(1946)
    医学博士号授与(1951)
  • 鎌倉市新生医師会設立準備副委員長(1947)
  • 鎌倉市医師会副会長(1947)
  • 神奈川県医師会理事(1949)
  • 医療法人養生院理事長(1961)
  • 神奈川県医師会副会長(1963)
  • 総合リハビリテーション事業団理事(1973)―我国初の本格的リハビリテーション施設設立に努力
  • 鎌倉女学院理事長(1973)
  • 県救急医療問題調査会副会長(1977)それ以前から全国でいち早く、休日夜間診療所や広域病院群輪番制の導入に努力した。
  • 日本医師会理事(1978)
  • 神奈川県医師会会長(1979)
  • 聖マリアンナ医科大客員教授(1983)
  • 日本医師会最高優功賞(1987)
  • 鎌倉市日中友好協会会長(1987)
  • 叙勲勲三等瑞宝章(1988)
  • 神奈川県文化賞(1989)
  • 鎌倉市医師会特別功労賞(1989)
(4) 江上潤三(1903〜1985)
  • 東京医学専門学校(現東京医科大学)卒(1926)内科
  • 養生院院長を清川来吉より受け継ぐ(1934)
    この後、清川謹三が中国青島滞在中や帰国後の院外活動(医師会)をされている間、 1976年まで養生院清川病院を支えていた。
  • 東京帝国大学医学部研修(1938)
    医学博士号授与(1944)
  • 養生院清川病院名誉院長(1984)
(5) 後藤久子(1907〜2002.1)
  • 帝国女子医学専門学校(現東邦大医学部)卒(1930)
  • 額田保養院(現額田記念病院)内科(1932)
  • 同上退職(1934)
    この後生家の家業である鎌倉彫に精進
  • 清川病院へ入職(1938)
    江上潤三が大学研究室へ行って留守の時だけとの懇願であったが結局1999年末まで勤務。永年に渡り江上院長を支えてくれた医師。晩年も病む膝にもかかわらず往診に応じていた。 
  • 養生院清川病院院長(1976)
  • 養生院清川病院名誉院長(1987)
    後藤久子医師のあと、清川謹三の東大医学部の同級生2人 熊谷直秀(東大病院から) 鴫谷亮一(元国立横浜病院院長・元群馬大教授)が院長を努めた。

(6) 清川正男(1937〜)

  • 東京大学理学部物理学科(天文学)卒(1959)
  • 東京大学大学院博士課程2年中退し東京大学東京天文台助手(1962)
  • 東海大学医学部医学科2年へ学士入学(1977)
  • 東海大学病院研修医(内科)2年終了(1984)して清川病院へ
  • 養生院清川病院院長(1987)
  • 養生院清川病院理事長(院長兼任)(1999)
    2002年4月、土佐純一副院長(脳外科)、千葉昌宏副院長(内科)を中心とした 医師で診療を担当 。
    2003年4月、千葉昌宏(内科)清川病院院長に昇任。土佐副院長以下 計10名の医師で診療を担当 。
    2006年4月 千葉昌宏医師、院長職を辞す。清川正男理事長、清川病院院長兼務。清川まどか医師(婦人科及び内科担当)医局長昇任
    2007年5月 千葉昌宏医師(内科医師)・小畑隆章医師(内科医師)医局長補佐に昇任。院長・土佐副院長・清川まどか医局長・千葉昌宏医局長補佐・小畑隆章医局長補佐、以下計13名の常勤医師が病院医療を支えている。

    2008年1月、土佐副医院長、副医院長職を辞す。清川正男院長・清川まどか医局長・千葉昌宏医局長補佐・小畑隆章医局長補佐・土佐純一医師(脳外科担当)等、総勢13名の常勤医師で診療を担当。
    2009年11月 清川まどか医師、診療部長に就任。小畑隆章医師、医局長に昇任。
    2010年8月、理事長・院長職を辞し、名誉院長に就任。
(7) 清川まどか(1975〜)
  • 聖マリアンナ医科大学医学部卒(2001)
  • 聖マリアンナ医科大学院病院 産婦人科入局(2001)
  • 養生院清川病院へ入職(2003)
  • 養生院清川病院 診療部長に就任(2009)
  • 養生院清川病院 理事長(院長兼任)(2010)
    2010年8月、清川まどか院長・清川正男名誉院長・小畑隆章医局長・千葉昌広医局長補佐等、総勢12名の常勤医師で診療を担当。  
II.病院の変遷
1891年(明治24年) 鎌倉市雪ノ下に養生所(診療所)開設(清川来吉)
1902年(明治35年) 鎌倉市小町(現清川病院の場所)に鎌倉養生院(病院)を開設。一般病床がほぼ20床だったらしい。
1914年(大正3年) 養生院内に結核伝染病隔離病床13床増設
1915年(大正4年) 名越にも逗子・鎌倉両町共有の伝染病隔離病舎設立(清川来吉管理)
1920年(大正9年) 一般病床を内科・外科・耳鼻咽喉科・産婦人科合計21床として届け出、他に結核・伝染病床13床
1924年(大正13年) 人工気胸器、クルシマン氏電気装置、人工太陽灯装置、レントゲン装置など設置(清川渉)一般病院としてかなり早い時期の設置です。ちなみに人工気胸が日本で行われるようになったのは1930年頃(昭和5年)からで、その年の日本医学会で研究報告があってからです。
1928年(昭和3年) 東京駅八重洲口近くに分院
1930年(昭和5年) 藤沢市遊行寺近くに分院(東京は廃止)
1931年(昭和6年) 藤沢市片瀬に分院(上記分院廃止)
1934年(昭和9年) 上記分院廃止
1935年(昭和10年)
の記録 
一般病床21床 結核・伝染病床17床入院料以外に別料金科として、X光線料、理学的療法料、特別検査料、特別注射料、特価薬代、消毒材料費、付添看護料、特別処置料、伝染病室消毒料etsとある。
1949年(昭和24年) 病床変更  一般病床4床 結核病床44床 伝染病床13床、結核患者急増のために結核病床増設、全国的にも結核病床と法定伝染病隔離病舎併設している病院は珍しく、戦後鎌倉で大変流行した赤痢やチフス患者の収容に活躍大であった。
1951年(昭和26年) 医療法人養生院(財団)認可おりる。  理事長 清川来吉
1961年(昭和36年) 医療法人養生院(財)清川病院と改称 理事長 清川謹三
1968年(昭和43年) 清川病院敷地内に鎌倉市立伝染病隔離病舎(30床)が新築さ れ、その運営を鎌倉市から委託される。 一般病床75床 結核病床15床 伝染病床30床。この後一般病棟の改築を次々と行って一般病棟の増床を行い、昭和40年代から問題となっていた救急患者受け入れに努力した。この時期は清川謹三理事長が県医師会副会長として県の救急体制確立に努力していた時期に重なる。かつ結核患者の減少に伴い、
1988年(昭和63年) 結核病床廃止、一般病床222床 結核病床0床 伝染病床30床とした。
1993年(平成5年) 最後の改築が完了し一般病床198床 伝染病床30床。この最後の改築の理念は、以下の通り。 限られた医療資源の枠内で、高齢化社会、特に高齢者の多い旧鎌倉市内の病院としての役割を果たす事であり、成人病や、高齢者の急性・慢性疾患を包括的に見る病院にという理由から、内科の 他、特に高齢者に関係ある、眼科(特に手術も)・整形外科・脳外科などを標榜、同じ理由からリハビリテーション室は大きく設計されている。また、高齢者に負担の少ない、しかし充分な検査のできる体制をという事から、ヘリカルX線CT,MRIなどなど新鋭の医療機器を設置した。
1997年(平成9年) 一般病床から25床を療養型病棟へ転換開始―上記の理念を反映している。
1998年(平成10年) 新伝染病予防法により、地域の必要伝染病隔離病床数が大幅に削減された結果から、鎌倉市立伝染病隔離病舎は廃止された。無償払い下げを受けたその建物を改装して
1999年(平成11年) 療養型病床に転換し、この時点で
一般病床89床 療養病床109床 合計198床
明治の創業以来病院機能の変化は、

となり、正しく社会の疾病構造の変化を反映したものとなっている。この延長上に力点を置いて、
2001年(平成13年) 介護老人保健施設「かまくらしるばーほーむ」(入所78床、通所16人/日)が、清川病院の隣 接地(清川来吉の診療所だった所で清川自宅敷地)に開設された。
2003年(平成15年) 4月:婦人科医の清川まどか(清川正男理事長の三女)入職。
7月:婦人科(女性診療科)開設。
2007年(平成19年) 7月:16列マルチスライスCTスキャナ及びX線乳房撮影装置(鎌倉市指定機種)導入
 
●参考文献:清川病院史(1993刊行)
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